2019年04月15日
就職氷河期(おっさん)が見た社会は、こんな日本社会だった。
こんばんは、巷で有名な中高年ひきこもりのおっさん(40)無職です。
やややw 就活中のせいか、グーグル先生が「お前のおすすめ記事だぜ」とガッツリ紹介するのは、内閣府が発表した実態調査です。
内容は「やべぇwww中年のひきこもり大杉wwww」だそうです。(遠い目)
なんだろう・・・わくわくするね!!
いよいよ、平成が終わり、令和を迎えるにあたり、港で言われる就職氷河期に高卒として、ウン十回転職を繰り返したおっさんの体験は貴重ではないだろうか?と思いました。
いくつかを紹介したいと思います。
求職閲覧のため、小競り合いや、乱闘手前までの現場に居合わせたことがあります。
当時、まだハローワークではパソコンの導入が進んでおらず、求人閲覧はファイルに綴じられたものを見る必要がありました。
絶対数が少なく、求職者が互いに融通しながら見る必要があったのですが、就活に必死になるあまり、何冊も抱えて閲覧する人もいました。
何冊も抱えている人に「すいません、見てないファイルちょっといいですか?」と、求職者同士が声をかけて事が丸く収まれば良いのですが、そうならないケースがあります。
時には「これは後から見るためにココに置いてあるんだよ!!」と、ハローワークに怒号が響きます。この程度のいざこざは頻繁に遭遇する光景でした。
酷かったのは、ファイルを取り合いで掴み合いになった事件です。
おっさんが、求職票を閲覧していたら、少し遠くから「あ”あ!!!」と叫び声が聞こえたと思ったら、求職票を挟んだファイルが床をすごい勢いで滑り、壁に激突する。その向こうで中年の男性ふたりが取っ組み合い、今にも殴り合いそうな状態でした。
凍り付くハローワーク職員と、その場に居合わせた人たち。
近くに居た、ガタイの良いお兄さんが静止に入り事なきを得ましたが、その後の周囲の人の呆然とした、上の空感が半端なかったです。
あの当時、40代、50代で職を失った人は、20代のおっさんより状況が厳しかったかもしれません。
さて、ハローワークが面白かったのは、懐かしい人にバッタリ会う機会が多かった事です。同級生によく会いました。
会社が潰れた。社長が夜逃げした。など理由は様々ですが、一番驚いた話は高校を卒業してそのまま就職した同級生が「入社して、一週間後に会社が無くなったw」話です。
そんな状態なら雇うなよwwwwwwwwwwwwwwと、お互いに大爆笑。
キャンプ場の全利用者が無職だった。
北海道の某キャンプ場で、知り合ったライダー同士が一緒にシュア飯+飲酒する話になりました。しかし、特定グループだけワイワイ騒ぐのは他のキャンプ場利用者に迷惑がかかる。ならば!キャンプ場に居るすべての人を誘ってしまえばいい!と考え、キャンプ場利用者を全員(30名近く)誘ってパーティーをしたら全員無職だった。
なかには履歴書を持参して、北海道ツーリングをしてる人もいた。
そんな、貧乏キャンパーが集まると、タープはブルーシートになり、寒さを凌ぐエアーマットは段ボールへ、防寒着が足りないので新聞紙を丸めて服のなかに入れるなど、ここがキャンプ場ではなく橋の高架下ならホームレスやろ?と疑いたくレベルでした。
一般人から見たら、異様な空気を感じ取れるのか?週末になり、道民がファミリーキャンプに来ると、キャンプ場の入り口でUターンする現象が発生。
そんな中、「次の仕事まで2週間ほど時間ができたので、北海道ツーリングに来た」という、仕事決まったね系の英雄が現れた。
彼は貧乏キャンパー数人に、寿司ランチ(1000円)をおごるという伝説を残して去っていった。
時は流れ、「大卒だと就職先が少ないから大卒を隠して、高卒向けの就職先を狙うのも手だ!」なんて風潮が出始めたころの話です。
某工場の求人で面接に行きました。
まさか、面接で初めて会った人に1時間も説教され、さらに30分ほど会社の自慢話に付き合わされるとは思いませんでした。
説教内容は前職と職種が違う事で怒られました。おっさんの前職が営業に対して、求人内容は工場作業員です。「もくもくとした作業を元営業ができるわけないだろ!」と、やや罵倒気味の口調を「はい、はい」と聞き続ける小1時間です。おかしいな?海兵隊へ志願でもしたのかな?
自慢話は「わが社には〇〇大学卒業生(かなり有名)が現場で働いているのだ!」です。
ちなみに、これは不採用決定された後の話です。不採用を通達した後に、説教タイムと会社見学という自慢話タイムを設けられたわけです。
安心してください。この会社は既にありません。
日本のお家芸、電化製品で有名な某企業で働いていた時です。
当時、新聞で大きく「〇〇社員5000人リストラ!」と見出しが出る頃です。請負として業務にあたっていたおっさんですが、請負の従業員が増えるほど、請負先の正社員が消えていく現象が発生。
40代、50代の人生の先輩方が肩を叩かれて去っていく。
ある人が去っていく時に、聞こえてしまったのです。絞り出すような、怒りを含む小声で「お前らのせいで・・・」最後は目も合わせてくれませんでした。
表情が抜け落ち、うつ向いたまま唱える様子に、「私生活で偶然会ったら、刺されるかも」と思いました。
さて、「昇給のはずが、毎年4月の減給」、「今まで働いた会社の倒産率がイチロー越え」など他にもネタがありますが、この辺りにしておきます。(書くのが面倒くさくなったw)
おっさん世代の不幸話みたいですが、良い面もあります。
おっさん目線では悲壮感はなかったと考えます。学生と社会人の間にかかる橋がボロボロなら「おぃおぃ、俺たちあの橋渡るのか?やべぇだろ」となると思います。
しかし、そのボロボロの橋は見ることなく(氷河期前半組で、情報が乏しかった)、橋を渡り始めたからです。橋を渡ってる最中に、橋が崩れ落ちたwwwwwwwwww
ただ、おっさん自身が旅行のために転職を繰り返していたため、他の方と捉え方が異なる部分は大いにあると付け加えておきます。
次の令和では、穏やかに過ごせる社会になるように祈ります。
ちなみに、氷河期世代の不条理な社会への抵抗として、その昔ネット上に「サイレント・テロ」を布教する人達が居ました。まさかこの「死なば諸共」の効果じゃないよね?っと内閣府が発表した実態調査を眺めています。
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やややw 就活中のせいか、グーグル先生が「お前のおすすめ記事だぜ」とガッツリ紹介するのは、内閣府が発表した実態調査です。
内容は「やべぇwww中年のひきこもり大杉wwww」だそうです。(遠い目)
なんだろう・・・わくわくするね!!
いよいよ、平成が終わり、令和を迎えるにあたり、港で言われる就職氷河期に高卒として、ウン十回転職を繰り返したおっさんの体験は貴重ではないだろうか?と思いました。
いくつかを紹介したいと思います。
求人票を奪い合う、世紀末すぎる職安
求職閲覧のため、小競り合いや、乱闘手前までの現場に居合わせたことがあります。
当時、まだハローワークではパソコンの導入が進んでおらず、求人閲覧はファイルに綴じられたものを見る必要がありました。
絶対数が少なく、求職者が互いに融通しながら見る必要があったのですが、就活に必死になるあまり、何冊も抱えて閲覧する人もいました。
何冊も抱えている人に「すいません、見てないファイルちょっといいですか?」と、求職者同士が声をかけて事が丸く収まれば良いのですが、そうならないケースがあります。
時には「これは後から見るためにココに置いてあるんだよ!!」と、ハローワークに怒号が響きます。この程度のいざこざは頻繁に遭遇する光景でした。
酷かったのは、ファイルを取り合いで掴み合いになった事件です。
おっさんが、求職票を閲覧していたら、少し遠くから「あ”あ!!!」と叫び声が聞こえたと思ったら、求職票を挟んだファイルが床をすごい勢いで滑り、壁に激突する。その向こうで中年の男性ふたりが取っ組み合い、今にも殴り合いそうな状態でした。
凍り付くハローワーク職員と、その場に居合わせた人たち。
近くに居た、ガタイの良いお兄さんが静止に入り事なきを得ましたが、その後の周囲の人の呆然とした、上の空感が半端なかったです。
あの当時、40代、50代で職を失った人は、20代のおっさんより状況が厳しかったかもしれません。
ハローワークが同窓会状態
さて、ハローワークが面白かったのは、懐かしい人にバッタリ会う機会が多かった事です。同級生によく会いました。
会社が潰れた。社長が夜逃げした。など理由は様々ですが、一番驚いた話は高校を卒業してそのまま就職した同級生が「入社して、一週間後に会社が無くなったw」話です。
そんな状態なら雇うなよwwwwwwwwwwwwwwと、お互いに大爆笑。
キャンプ場の利用者が、キャンパーなのか?ホームレスなのか?行方不明な件
キャンプ場の全利用者が無職だった。
北海道の某キャンプ場で、知り合ったライダー同士が一緒にシュア飯+飲酒する話になりました。しかし、特定グループだけワイワイ騒ぐのは他のキャンプ場利用者に迷惑がかかる。ならば!キャンプ場に居るすべての人を誘ってしまえばいい!と考え、キャンプ場利用者を全員(30名近く)誘ってパーティーをしたら全員無職だった。
なかには履歴書を持参して、北海道ツーリングをしてる人もいた。
そんな、貧乏キャンパーが集まると、タープはブルーシートになり、寒さを凌ぐエアーマットは段ボールへ、防寒着が足りないので新聞紙を丸めて服のなかに入れるなど、ここがキャンプ場ではなく橋の高架下ならホームレスやろ?と疑いたくレベルでした。
一般人から見たら、異様な空気を感じ取れるのか?週末になり、道民がファミリーキャンプに来ると、キャンプ場の入り口でUターンする現象が発生。
そんな中、「次の仕事まで2週間ほど時間ができたので、北海道ツーリングに来た」という、仕事決まったね系の英雄が現れた。
彼は貧乏キャンパー数人に、寿司ランチ(1000円)をおごるという伝説を残して去っていった。
面接という名のアメリカ軍式トレーニング
時は流れ、「大卒だと就職先が少ないから大卒を隠して、高卒向けの就職先を狙うのも手だ!」なんて風潮が出始めたころの話です。
某工場の求人で面接に行きました。
まさか、面接で初めて会った人に1時間も説教され、さらに30分ほど会社の自慢話に付き合わされるとは思いませんでした。
説教内容は前職と職種が違う事で怒られました。おっさんの前職が営業に対して、求人内容は工場作業員です。「もくもくとした作業を元営業ができるわけないだろ!」と、やや罵倒気味の口調を「はい、はい」と聞き続ける小1時間です。おかしいな?海兵隊へ志願でもしたのかな?
自慢話は「わが社には〇〇大学卒業生(かなり有名)が現場で働いているのだ!」です。
ちなみに、これは不採用決定された後の話です。不採用を通達した後に、説教タイムと会社見学という自慢話タイムを設けられたわけです。
安心してください。この会社は既にありません。
仕事頑張ったら、諸先輩から恨まれる
日本のお家芸、電化製品で有名な某企業で働いていた時です。
当時、新聞で大きく「〇〇社員5000人リストラ!」と見出しが出る頃です。請負として業務にあたっていたおっさんですが、請負の従業員が増えるほど、請負先の正社員が消えていく現象が発生。
40代、50代の人生の先輩方が肩を叩かれて去っていく。
ある人が去っていく時に、聞こえてしまったのです。絞り出すような、怒りを含む小声で「お前らのせいで・・・」最後は目も合わせてくれませんでした。
表情が抜け落ち、うつ向いたまま唱える様子に、「私生活で偶然会ったら、刺されるかも」と思いました。
最後に
さて、「昇給のはずが、毎年4月の減給」、「今まで働いた会社の倒産率がイチロー越え」など他にもネタがありますが、この辺りにしておきます。(書くのが面倒くさくなったw)
おっさん世代の不幸話みたいですが、良い面もあります。
おっさん目線では悲壮感はなかったと考えます。学生と社会人の間にかかる橋がボロボロなら「おぃおぃ、俺たちあの橋渡るのか?やべぇだろ」となると思います。
しかし、そのボロボロの橋は見ることなく(氷河期前半組で、情報が乏しかった)、橋を渡り始めたからです。橋を渡ってる最中に、橋が崩れ落ちたwwwwwwwwww
ただ、おっさん自身が旅行のために転職を繰り返していたため、他の方と捉え方が異なる部分は大いにあると付け加えておきます。
次の令和では、穏やかに過ごせる社会になるように祈ります。
ちなみに、氷河期世代の不条理な社会への抵抗として、その昔ネット上に「サイレント・テロ」を布教する人達が居ました。まさかこの「死なば諸共」の効果じゃないよね?っと内閣府が発表した実態調査を眺めています。
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